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ビックの示し方

H・Kは合衆国上院議員の任期と不首尾に終わった三回の大統領戦立候補の合間に、政治がらみの贈り物をマグノリアとマーガレットウッドという二頭の若い牝馬とヨークシャという種馬だがーもとに一大馬産事業を育て上げた。
一八五二年に亡くなる少し前、Kは家族と馬と黒人がブルーグラスではどう格付けされているかを実例で示してみせた。 ヨークシャにBーバスターという名の奴隷をつけてードルで息子に譲り渡したのである。
子供の頃、Jはよくアシュランドースタッドのそばを通り、全国でも有数の良血馬たちの憩いの場である、きれいに手入れされた三〇〇エーカー余りの土地に驚嘆したものだった。 それにしても、Mが二頭のうちの片方にN・Tを乗せると発表したとき、Jはこのレースでの自分の形勢は危うくなったと感じた。
彼にはダービーでの優勝経験があったが、しかしTは人気俳優並みの美貌を持つ東海岸の騎手で、むろん白人だった。 Tにはアラナデイルとライヴァルのいずれかを先に選ぶ権利が約束されているのは知れたことだった。
だがJは自分のほうに一つ利点があることも知っていた。 1ヵ月前からルイヴィルにいて、Mから二頭とも騎乗調教を任されていたのだった。
アラナデイルは前年三勝してはいたものの、三歳馬としてはこれからというところだった。 Mはきつい調教をするとそのか細い脚が折れてしまうかもしれないと恐れて、ハルマを父とするその牡馬をそれまで甘やかしていた。
朝の調教では騎手を背に乗せる代わりに、たいてい一人乗りの軽二輪馬車か小型版の四輪馬車を曳かせて運動させた。 肺活量を増強させるため、時たま全速力で走路を駆けさせることもあり、そういうときはDが騎乗した。
乗っているときばかりでなく、あとで華奢な脚をさすって暖め、筋肉を揉みほぐしてやったりするときのこの馬の手触りを彼は気に入っていた。 子供の頃、厩務員にうるさくつきまとったり、馬たちと寝起きを共にしたりした経験がものを言って、彼は馬に手を当ててみれば、よく走る馬かどうかわかった。
ことにーカ所、馬の後肢の膝関節と飛節レース前毎日、Jは人間で言えば膝の外側に当たる部分から尻にかけて、アラナデイルを二本の指で撫でてみた。 パワーとしなやかさを探って、いつもそれを確認できた。
アラナデイルはライヴァルより駿足だと信じ、彼はダービーでこの馬に乗りたいと思った。 だが、Mにそう言えば、馬主はNを乗せるだろうから、言うわけにはいかなかった。
彼としては自分の利益を守る必要があった。 ライヴァルのほうをよりすごい馬と見せかけることが肝要だった。

だからたまに高速調教のためにアラナデイルに乗る日には、大きな手のありったけの力を振り絞ってアラナデイルを抑え、そのほっそりした脚が最大の歩幅にまでなるのを決して許さなかった。 ひょろりとした体型の若駒が二〇〇〇メートルを二分二秒で走ったあと、足を引きずるようにしてのろのろと走路をあとにしても、誰も振り返らなかった。
ライヴァルが二分九秒のタイムを出した強めの調教のあと、高々と足を上げながら走路をあとにしたときとは大違いだった。 JはN・Tのルイヴィル到着を待ち受け、白人騎手の馬の選択に気を揉まされた。
だがTはDの予想通りの出方をした。 ライヴァルを選び、ただでさえ華やかなこれまでの実績にケンタッキー・ダービー優勝の栄誉を付け加えるところまで距離にしてあと二〇〇〇メートルだと皮算用した。
一九〇二年五月三日当日、KーMはパドックでTとライヴァル、Jとアラナデイルという相争う二組の間を行ったり来たりして支度をさせるのに忙しかった。 少佐はブルーグラスでは人気者で、ケンタッキー・ダービー優勝馬を生産し、所有し、調教した最初のホースマンになりたがっていた。
全出走馬四頭のうちの半数は彼の持ち馬ながら、それでも賭け手たちはエイブフランクという別の馬に肩入れして、一・八倍の本命にしていた。 少佐の牡馬二頭は組み合わせて複勝で一丁五倍のオッズになっていたが、一部の大胆な馬券屋は腹をくくって別々に受け付け、ライヴァルは三倍、アラナデイルは二倍になっていた。

Cは今回も満員の盛況で、こんな大勢の人たちが夜はどこへ泊まるのだろうとDは首をかしげずにはいられなかった。 観客は遠路はるばるカリフォルニアやニューヨークからも出かけてきていたが、この町には満員の客車二両分の人数を泊められるだけのホテルの部屋がかろうじてあるという程度だった。
アラナデイルをゆっくりとスタートラインに進める鞍上のJはかつてないほど自信に満ちていた。 脚に痛みがあろうがあるまいが、アラナデイルはまったくもって敏捷そのものだった。
バリアが上がるや、驚くべき速度で電光石火大きく前へ踏み出し、はずみでJは右足があぶみからはずれてしまい、その並外れた敏捷さを思い知らされた。 最初の四〇〇メートル、彼は爪先をあぶみに掛けられるようになるまでの間、右足をくねくね動かして尻の後ろになんとかおさめた。
Tの騎乗するライヴァルがするすると先頭に出て、スタンド前を通過する際の観衆のどよめきを最初に聞いた。 コーナーに差しかかると、ジミ〜は馬に両足を踏んばって、活を入れ、先頭を奪った。
アラナデイルはゆったりと大きな歩幅でコーナーを抜け出ると、向こう正面の直線でスパートして四馬身の差をつけた。 Dは狼の下から後ろを覗き見た。
後方ではTがエイブフランクの鞍上のマンクーコバーンとにらみ合っていた。 どちらもアラナデイルは今にも吐き出して停まってしまうだろうと考えて、問題にしていなかった。
Jはアラナデイルの脆弱な脚がくたくたになってしまうのを心配して、急いで両足を元に戻し、力一杯手綱を引いた。 最終コーナーへと楽に流していったつもりだったが、カーヴの頂点で馬体がふらつくのを感じた。
まともによろけたというよりちょっと足を踏み違えたという感じだった。 Jは減速させるため、さらに強く手綱を引いた。
残り六〇〇メートルのハロン棒のところでアラナデイルはまだ、馬身のリードを保っていたが、脚がぐらついてきているのがJにはわかった。 レースに勝つためには何か特別なことをする必要があった。
Jは調教騎手として学んだ最初の教訓を思い出した。 走路を隅々まで知り尽くせ。

目の見えない人が教会への道を覚えているように、彼はCをよく知っていた。 走路は水気を含んだ砂でおおわれていて、レース開催期間前に馬場整備員たちが表層の細かい砂を走路の外側へ押しやるので、柵沿いの通り道はきわめて滑りやすくなる。
マンクーコバーンのエイブフランクが外埓側から最初の追い上げをかけてきたとき、Jは相手を大きく外へあおってその人工の砂丘に追い込んだ。 効果てきめんで足が止まったな、とJはひそかに思った。
次いで、ライヴァルともう一頭のインヴェンターがベルトーコンヴェヤーに乗る暇を与えないうちにアラナデイルをぐいと内埓寄りへ戻した。 二頭も寄ってきたが、Dが柵側をふさぐほうが早くて、二頭は大きく外へふくらまざるを得なかった。
今度はこの二頭を座礁させる番だった。 DはN・T騎乗のライヴァルとT・Wのインヴェンターを外へともたれさせ、二頭は砂にはまり込んだ。

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